自由と勇気|INTERVIEW|Faust A.G.
アラン・ロベールという名を聞いて、それが誰であるのか、どんな人物であるのかをすぐに理解できる人は、実はそれほど多くないのかもしれない。
しかし、これまで世界各国の高層建築物に命綱なしで登ってきた、「フランスのスパイダーマン」だったら、どうだろうか。あるいは、許可なし、予告なしで登 ることも多いため、ときに警察に捕らえられることもある、文字通り、「世界中を騒がせてきた男」だったら、どうだろうか。きっと多くの人が、VTRや写真 で一度は目にしたことがあるに違いない。身もすくむような高層ビルの壁面を、自らの手と足だけを駆使してよじ登っていく彼の姿を。
そんな命知らずのフリークライマーこそが、アラン・ロベール、その人である。
11歳で8階を登る
フランス南部の山あいにある、ヴァランスで生まれ育ったロベールにとって、山はいつも身近にあるものだった。だが、それは見慣れた風景という意味にすぎない。「急で険しい山の斜面はいつも見ていたけど、そこを人間が登れるとは思っていなかった」と、ロベールは言う。
きっかけは1本の映画だった。「飛行機がモンブランの山頂付近に不時着し、その飛行機の生存者を登山の知識のある兄弟2人が探しに行く」。そんなストーリーだったと、ロベールは記憶している。
「その映画を見て、あんなに険しい斜面でも登ることができるんだって思って、ものすごく惹かれたのを覚えているよ」
と同時に、ロベール少年にはその映画に魅了された、もうひとつの理由があった。
「僕は小さいころ、自分自身に自信が持てなくて、ゾロやダルタニアンなど、物語のヒーローにあこがれていた。だから、自分にも勇気があるところを見せたい、自分にも何かできることを証明したい。そんな思いがあって、その映画にすごく惹かれたんだと思う」
"写真映画は窒息の写真を窒息させる"
そして、初めての"クライミング"のチャンスは突然、訪れた。ロベール少年、11歳のときのことである。
「たまたま学校が早く終わって家に帰ったら、カギがなくて入れなかったんだ。でも、キッチンの窓が開いているのを思い出して……。僕の家は8階だったから、もちろん、それまでは怖くて一度も登ったことがなかったけど、雨どいなんかを使って8階のバルコニーまで登って、無事にキッチンの窓から家の中に入ることができた。今思えば、それが初めての"クライミング"だったね」
こうして登ることに目覚めたロベールは、12歳でボーイスカウトに入ると、年上の友だちに交じってロッククライミングをするようになった。当時の気持ちを、ロベールはこう回想する。
「とにかく楽しかった。山登りというのは真剣な遊び。生死がかかっているから、余計に楽しかったんだ」
中学に入るころには、もう勉強よりもロッククライミングに夢中だった。週に4日ほどは学校を抜け出し、山へ向かう日々を送っていた。
「当時は学校から抜け出しても、親にバレなかったからね。今だと、すぐに携帯に電話がかかってきちゃうだろうけど(笑)。僕はそのころ、自分が何をやりたいのか、もう分かっていたし、学校の勉強は役に立たないと思っていた。だから、学校へは行かなかったんだ」
高校生になったときには、歳相応以上のロッククライミングの技術を習得していたロベール。当然のように、「もうプロのロッククライマーになろうと考えていた」という。
「17歳のときには、雪の積もった40度角の斜面を登ったり、ほとんど垂直の斜面を登ったり。シーズン前は、年上の人たちに『できるわけがない』とバカにされていたけど、1シーズン終わったときには、『スゴいね』と敬意を集めるようになっていたよ」
その後、ヒーローに憧れた少年は夢をかなえ、ロッククライマーとしての道を歩み始めた。命綱などの道具を一切使わず、ひたすら険しい斜面に挑む。そんな挑戦を続けるロベールに対し、1991年にはIOC(国際オリンピック委員会)のフアン・アントニオ・サマランチ会長(当時)から、「最も過酷なスポーツへの挑戦」を称えた賞も贈られている。
だが、多くの名声を手にしたトップクライマーは1994年、現在に至る重大な転換点を迎えることになる。ロベール、32歳のことである。
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自然が存在しない完璧なヴァーティカルに魅入られる
ロベールの過酷な挑戦は当時、多いに話題となっていた。ときには、雑誌で大きな特集が組まれることもあるほどだった。すると、イタリアのある時計メーカーから、「スポーツ選手のドキュメンタリー映画を作りたいのだが、その作品に出てくれないか」との提案があったのだ。
しかも、提案はそれだけではなかった。作品作りを任された映画監督は、ロベールにこんな構想を伝えてきた。「ロッククライミングではなく、ビルを登ってほしいんだ」。
仰天の提案は、しかし、ロベールにとっては「ものすごく魅力的だった」。決して山を登ることに退屈していたわけではない。だが、「もう行くところまで行っているという感覚はあった」。無意識ではあったが、ロベールはすでに新しい刺激を欲し始めていた。
「監督から、アメリカのどのビルに登りたいか、と聞かれたんだけど、実際に建物を見てみなければ、登れるかどうかの判断はできない。だから、実際に僕はアメリカへ行き、自分の目で見てみた。そして、感動したんだ。今まで難しいと言われるクライミングを何度もやってきたけれど、ビルは自然の起伏がない、完璧な垂直なんだからね。これはおもしろい、と直感した。最初に提案があったときから興味はあったけど、実際に見てみて、もっと魅力を感じたよ」
だが、映画を撮るとなれば、大掛かりな撮影になるため、当然、許可が必要となる。ところが、いくつか候補となるビルをピックアップし、弁護士を通じて交渉してみるも、まったく許可が下りない。
「仕方ないから、最初から許可なしでシカゴのシティバンク/コーポビルディング(184m)に登ったんだ。あの映画と組んで登った建物は、全部許可なしだったな(笑)」
こうして"フランスのスパイダーマン"、アラン・ロベールは誕生した。彼がときどき、いや、しばしば無許可で登るのも、スタート当初から変わらぬロベール流のやり方ということになる。
映画の食欲不振
落ちないためには登るしかない
ロベールが登頂に成功した高層建築物は、すでに全世界130ヶ所以上に及ぶ。破天荒なフリークライマーとして知られる今では、「もうロッククライミングは、あまりやっていない」という。
それにしても、いくら同じ「登る」という行為だとはいえ、自然を相手にするのと、人工物を相手にするのとでは、勝手が違うことも多かったのではないだろうか。
「同じではないよね。ロッククライミングであれば、どんなに難しい場所があっても、例えば600mもあるビルに比べれば、距離は短い。逆にビルの場合は、自然が持つ複雑さはないけれど、今度は高さがある分、どう動いて頂上までたどり着くかを、事前によく考えないといけないんだ」
ロベールが「ビルを登るときには、十分な準備が必要だ」と話す背景には、実は苦い思い出がある。彼が「あれは最悪だった」と振り返るのは、1999年、シアーズタワー(アメリカ・シカゴ/443m)に挑んだときのことである。
ロベールはシアーズタワーを登るに際し、下見を繰り返した。1回目は「これは無理だ」と思ったが、2回目には「どうにか方法がある」と思い直し、3回目は「夜はどうなるかを確認しよう」といった具合に、その数は計5回にも及んだ。ロベールとしては、あらゆる情報を集めてクライミングに臨んだつもりだった。
ところが、実際に登ってみると、最上部100mに入ったあたりから気温変化による結露に悩まされることになった。しかも、エアコンの排気があったことで、さらに湿気はひどくなっていったのだ。
「(壁面の隙間に)手を入れて、しっかり固定しようとするんだけど、そこが湿っているから、どうしても滑ってしまう。一度、本当に落ちそうになったくらいだからね。だからといって、もう下りようにも下りられない。最後の100mは、まさに生死をかけたクライミングだった。無事に登り切ったときには、思わずターザンみたいに雄叫びを上げてしまったほどだよ(苦笑)」
どんな高層建築物でも、いとも簡単に登ってしまうように見えるロベールも、実際には慎重な下見を何度も重ねている。登ることのできないビルなど、存在しないのではないかとも思えるが、そこには当然、「これは無理だ」という判断も起こりうる。
「かなりの数、ダメだと思ってあきらめたものがあるからね。いくつあるかって? そこら中にたくさんあるよ(笑)」
ヒーローは心優しく、そして法律に縛られない
また、「スパイダーマン」としてその名を世界中に知られるようになったことで、新たな問題も抱えることになった。
「僕があちこち登りすぎたせいで、入国禁止と言われる国が出てきてしまった。中国なんかも、来年まで入国禁止になっているからね」
実際、1998年に東京で新宿センタービルに登ったときも屋上で逮捕され、9日間も拘置された。そんな例を引くまでもなく、警察に捕らえられることも少なくない。入国禁止になる国が出てくるのも、当然と言えば、当然の話だ。
だが、そこまで聞いて、ふと疑問も浮かぶ。なぜ、逮捕されてまで登ることを止めないのか。逮捕されることへの恐れはないのだろうか、と。
「僕はゲームだと思っているから、(逮捕されることが)怖くはないよ。小さいころは、『鬼ごっこ』が好きだったしね(笑)。僕が憧れていたゾロは、心やさしきヒーローだけど、でも法律には従わないというか、常識を覆すようなことをする。そういう意識が、自分のなかにもあるんだ」
ロベールの哲学とでも言うべき、その美意識は、彼の服装にも表われている。ロベールはどんなに過酷な挑戦をするときでも、スポーティな――体にフィットするような機能優先の――服を着ることはない。高層ビルをよじ登る彼の服装は、いつもラフ。「(誰もが同じ)ユニフォームは大っ嫌いだ」と話すロベールのいでたちは、アスリートというより、まるでロックスターである。
過去には、警備の目を欺く――この格好で登るわけはないだろう、と油断させる――ために、ウエスタンブーツでビルを訪れ、そのまま登ったこともあるという。「そんなに難しいことではないよ」と、こともなげに言うロベールの姿から、特別なことをしているという押しつけがましさや、かしこまったストイックさは感じられない。なるほど常識を覆すヒーローの姿、そのものだ。
ロベールが小さいころから憧れてきたヒーロー、ゾロ。日本で言えば、ねずみ小僧、あるいは必殺仕事人と言ったところだろうか。反社会的で、ときに警察などの権力に追われることもあるが、彼らの行動には常にメッセージがある。当然、単に世間を騒がせたい、注目を集めたいというだけで危険を冒しているわけではない。
ロベールが常に意識しているのは、「ヒューマニティ」。ニューヨークで初めてビルに登ったときから、それは一貫している。例えば、昨年行われた、アラブ首長国連邦・ドバイにあるブルジュ・ハリファでのクライミング。この世界一の高さを誇る高層ビル(828m)への挑戦は、国境なき教育団の10周年イベントとして招待を受け、行われたものだった。
そして、彼の行為、つまり、誰もが怖気づくようなことを平然とやってのけること自体が、直接的なメッセージでもある。それはすなわち、「自由と勇気」だ。
「僕は自分のパフォーマンスによって、人にインスピレーションを与えたい。誰もが夢を抱くと思うけど、それを実現するのは無理だと思ってやらない人が多い。でも、それは可能な限り、挑戦したほうがいい。僕はそのことを伝えたいんだ」
ロベールの目の前にそびえる高層ビルは、いわば、誰もが抱く夢の象徴だ。「ここを登るなんて、一体どうやって……、どうせ無理に決まっている」。夢を実現することの難しさを想像し、私たちはそんなことを思う。
だからこそ、ロベールは登ってみせる。何ごともなかったように、平然と。
無理なことなんてない――。
自分の手と足だけで夢を実現させていくロベールのメッセージには、有無を言わせぬ強い説得力がある。
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